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札幌地方裁判所室蘭支部 昭和53年(ワ)233号 判決

原告 木田昌仁

右訴訟代理人弁護士 大和田義益

右同 岩城弘侑

被告 苫小牧市

右代表者市長 板谷實

被告 金井繁雄

右両名訴訟代理人弁護士 黒木俊郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告ら各自は、原告に対し、金九二八三万九九六二円及び内金八九八三万九九六二円に対する昭和五〇年三月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (原告のアキレス腱切断)

原告は、昭和五〇年三月一六日、バスケットボール大会に参加して競技中、自己の右アキレス腱を切断した。

2  (アキレス腱縫合手術の施行)

原告は、昭和五〇年三月一八日、被告苫小牧市が経営管理する苫小牧市立病院整形外科で診察を受けて直ちに入院し、同月二〇日、医師である被告金井繁雄(以下「被告金井」という。)によるアキレス腱縫合手術を受けた。右手術後、理学療法士である訴外斉藤和平(以下「斉藤」という。)は、原告の右足にギプス包帯を施した。

3  (手術後の経過)

原告の右足首の諸徴候と治療経過は、以下のとおりである。

(一) 昭和五〇年三月二一日

六時 疼痛が強くて眠れず、「痛み止め」の投薬をうけるも疼痛は止まらなかった。

一〇時 創部痛が強い。

一五時 創部周辺の腫脹が消失する。

一六時 創部痛緩和される。熱感あり。顔面紅潮。

一六時四〇分 全身に熱感あり。

二〇時 患部しびれ感あり。熱感あり。

(二) 同月二二日

三時 頭痛、全身倦怠あり。

六時 患部は、ギプス包帯による圧迫痛が強い。

九時 患部痛が強くなり、腫脹も著しくなったことから、原告は、看護婦にその旨を訴えたところ、「痛みどめ」を投薬された。しかし、疼痛は、緩和しなかった。

一三時三〇分 原告は、看護婦に患部の疼痛、腫脹、しびれ感が強いことを訴えたところ、ギプス包帯の一部がカットされた。しかし、依然としてしびれ感と疼痛が続いた。

一九時一五分 原告は、しびれ感、疼痛が我慢できない程度である旨を訴え続けた結果、ようやく「痛みどめ」の注射をしてもらえたが、疼痛、しびれ感は、その後も持続した。

(三) 同月二三日

零時一五分 原告は、疼痛、しびれ感が強い旨看護婦に訴えた。

零時五五分 しびれ感が強かった。

六時 原告の右足に運動障害があらわれ、しびれ感、疼痛が続き、腫脹がみられ、チアノーゼが発生してきた。

八時 第二趾根部に水泡が発生した。これを発見した看護婦は、ギプス包帯を一部カットした。

九時 ギプス包帯の圧迫により、足背趾根部にチアノーゼが発生し、腫脹、しびれ感、運動障害がでていることから、看護婦がギプス包帯を一部カットした。被告金井は、看護婦から電話で原告の右症状を伝えられ、ギプス包帯の除去を指示し、その結果ギプス包帯が除去された。

一〇時四〇分 冷感が強く、しびれ感、運動障害があり、足底部から足背にかけて水泡があらわれ、第二ないし第四趾は全く動かなかった。

一三時 足背部の水泡が破れ、浸出液、知覚障害がある。冷感が午前より強くなる。

一四時 背屈、屈曲運動は不可能。

一五時 全身熱感、倦怠感があり、浸出液でガーゼが汚れる。足背部は部分的に暖かい。

一六時二〇分 熱感が強い。

一七時 疼痛はないが熱感がある。

二〇時 足底部に水泡があり、足背の一部にチアノーゼが著明。熱感、腫脹がある。

二一時三〇分 第二趾部位に拍動感がでる。足背部、創部に浸出液が多い。

(四) 同月二四日

六時 足底部水泡、腫脹、変色、冷感、チアノーゼがあり、相変わらず第二ないし第四趾は全く動かない。

一〇時 足底部に水泡、腫脹があり、熱感、冷感もあり動悸が激しい。

一一時 疼痛はないがしびれ感が持続している。

二〇時 患部にしびれ感があり、踵部痛がある。

(五) 同月二五日

六時 患部にしびれ感はあるが、踵部痛はない。

九時 踵部に疼痛があり、第一及び第二趾の運動はかすかにあったが、第三ないし第五趾には壊死がみられた。

一六時 第五趾が黒色様を呈する。

(六) 被告金井は、同月二八日、壊死の領域が拡大したことから、原告の右膝下一八センチメートル(膝蓋腱下一五センチメートル)の部分で右下腿切断手術を施行した。

4  (壊死発生の原因)

ギブス包帯を巻くときには、緊縛しすぎることによって又はギプス粉が硬化して患部の腫脹に対応できなくなることによって圧迫障害が発生することがある。いずれの場合にも相対的に軟部をしめつけることになり、まず動脈又は静脈の血行、還流を著しく阻害して循環障害が起こり、これがさらに腫脹を増強し、結果的にはその部位より末梢で虚血が起こり壊死が発生することになる。本件において、原告の右足第三ないし第五趾に壊死が生じたのは、アキレス腱縫合手術後に施されたギブス包帯の圧迫によるものである。

5  (被告金井の責任)

4記載のとおり、ギプス包帯をした場合その圧迫により壊死が発生する場合があるのであるから、被告金井には、医師として

(一) 指先の温度、色、知覚の変化

(二) 疼痛、しびれ感、熱感及び冷感その他の訴えなど患者の自覚症状

(三) 浮腫の有無及びその状態

(四) 体温の急激な変化

など圧迫障害をうかがわせる各臨床症状の発現の有無につき不断の注意を払い、右のうち一つでも正常でない場合は詳細な観察と厳密な検査を実施すべき注意義務があったものである。そして、被告金井は、前記3の症状が原告にあらわれており、昭和五〇年三月二二日午前一〇時の原告に対する回診時に原告から直接足首の痛みを訴えられていたのであるから、遅くとも右回診時には原告に圧迫障害をうかがわせる臨床症状が発現していることを確認できたうえ、原告から足首の痛みを訴えられたにもかかわらず、何らの措置を施さず、また、看護婦に対しても圧迫症状の観察を充分にするよう指示せず放置した過失がある。そのため、原告にその後も圧迫症状が発生しているのに、同日午後一時三〇分に看護婦が自己の判断でギプス包帯の一部をカットしたものの、その後は同日午後五時に点滴注射をしたのみであったことから、翌二三日にはチアノーゼを発生させ、遂には原告の右足首を壊死に陥らせたものである。

さらに、被告金井は、原告にアキレス腱縫合手術を施した医師として自らギプス包帯をするか又は医師の資格を有する者にギプス包帯をさせるべき義務があるのにこれを怠り、医師の資格を有しない理学療法士の斉藤をして原告の右足にギプス包帯を施した過失がある。

被告金井は、以上の過失により原告の右足に圧迫性壊死を生じさせ右下腿切断のやむなきに至らしめたのであるから、不法行為に基づき後記7の損害を賠償する責任がある。

6  被告苫小牧市は、苫小牧市立病院を経営して被告金井を雇用し、かつ、本件において原告との間でアキレス腱切断に関する治療行為を目的とする診療契約を締結したものであるから、民法七一五条の不法行為又は債務不履行に基づき後記7の損害を賠償する責任がある。

7  (損害)

(一) 逸失利益 七四八三万九九六二円

原告は、昭和五〇年三月当時健康な満二三歳の男子であったが、前記右下腿切断により労働能力を七九パーセント喪失した。

(1) 昭和五〇年から昭和五九年までの原告の逸失利益は、昭和五五年賃金センサス男子労働者大学卒の年収である一九二万六八〇〇円を基準とすれば、一五二二万一七二〇円となる。

(2) 昭和六〇年から、原告が六七歳になるまでの三五年間の逸失利益は、昭和五九年賃金センサス男子労働者大学卒の年収である四六〇万八九〇〇円を基準とし、三五年間の中間利息をライプニッツ式計算(係数一六・三七四)により計算すれば、五九六一万八二四二円となる。

以上の(1)と(2)を合計すれば、原告の逸失利益は、七四八三万九九六二円となる。

(二) 慰藉料 一五〇〇万円

原告が右下腿切断により受けた精神的肉体的苦痛の慰藉料としては、一五〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用 三〇〇万円

原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人に委任するにあたり、原告訴訟代理人に対し、手数料、着手金として一〇〇万円、謝金として二〇〇万円を支払う旨約した。

よって、原告は、被告苫小牧市に対し不法行為又は債務不履行に基づき、被告金井に対し不法行為に基づき、各自九二八三万九九六二円及び右金員より弁護士費用三〇〇万円を除いた八九八三万九九六二円に対する不法行為又は債務不履行の日以後である昭和五〇年三月二三日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち、(二)の「六時、患部は、ギプス包帯による圧迫痛が強い。」、「九時、腫脹も著しくなった。」との点、(三)の「九時、ギプス包帯の圧迫により」、「金井が電話でギプス包帯の除去を指示した。」との点はいずれも否認し、その余の点は認める。なお、右の「患部ギプスによる圧迫痛が強い。」との点については、看護日誌は患者の主観的訴えを記載したにすぎず、患部は窓開けされており、ギプス包帯による圧迫はないし「腫脹著しい」とは誇張であり、中程度の腫脹にすぎない。また、(六)の切断部位は、正確には原告の右足膝蓋腱下一五センチメートルの部分である。

4  同4の事実は否認する。

本件においては、一次的に手術又は外傷などにより後脛骨動脈に反射的れん縮による阻血が起こり、これが原因で昭和五〇年三月二三日ころ後脛骨動脈に血栓症が生じたものである。被告金井は、血流改善の措置を講じたものの、二次的に後脛骨動脈と足背動脈の貫通枝にも血栓が生じ、趾に壊死が拡大したものと考えられる。

これに対し、原告は、ギプス包帯の圧迫により原告の右足に循環障害が起こり、その結果原告の右足第三ないし第五趾に壊死が発生した旨主張する。しかし、ギプス包帯の圧迫により足に広範囲の壊死を生じるほどの循環障害を起こさせるには、循環障害を起こさせる目的で故意に極端にきつくギプスを巻いて放置するなどの特殊なケースでもない限り現実にはありえないものであるところ、本件では、昭和五〇年三月一八日の入院以後、一般検査をし、抗腫脹剤等の薬剤を投与し、減腫を待ったうえで同月二〇日午後にアキレス腱縫合手術を実施し、ギプス包帯で原告の右足を固定したのであって、しかも、創周辺を観察しうるようアキレス腱部と足趾の部分のギプス包帯には開窓をしておいたものであり、ギプス包帯により緊縛される条件は全くない。仮に、足関節部分が緊縛されていたすれば、たちまち激しい血行障害が生じ、趾の変色、強い浮腫、運動不能の症状が発生し、一時も我慢できないほどの激痛を訴えるはずであるが、本件ではこのような状態はなかったものである。また、本件においては、後脛骨動脈の拍動のみ早期に消失し足背動脈の拍動は終始明瞭であったが、足関節の緊縛があったならば、まず足関節の前面中央皮膚の直下にある足背動脈が強く圧迫されるはずであり、他方、後脛骨動脈は、内踝の骨の陰の部分でアキレス腱の深葉の筒の内方を走行しており、これを紐やギプス包帯などで圧迫して血流を阻害することは不可能である。

また、原告は、ギプス包帯の圧迫により静脈に血流障害を生じたとも主張するが、静脈を糸で縛っても組織に壊死を生ずることはないうえ、本件ではギプス包帯で覆われていない足の指に壊死を生じており(原告のいうようにギプス包帯で覆われた足首に壊死を生じた事実はなく、足の切断を余儀なくされたのは趾に生じた壊死が足底部にまで拡大した結果である。)、これを静脈の血流障害で説明することはできない。

したがって、原告の主張は理由がない。

5  同5、6の主張はいずれも争う。

壊死の原因は、アキレス腱手術では極めて稀にしか発生しない血栓症であり、その早期発見は困難であるところ、苫小牧市立病院においては、看護婦が三時間おきに患者の足の指の色、動きなどの観察、水泡形成の発見、肢位のチェックなどを実施し、異常があれば直ちに医師に連絡を仰ぐようにしていたものであるが、このような監視体制をとりながらも、異常を発見し血栓症の発症を確認しえたのは昭和五〇年三月二三日午前九時になってからである。したがって、被告金井には血栓症の予見可能性はなく、その予防措置をとることもできなかったものである。また、足には多くの動脈が走っており、故意に一本の動脈を縛っても壊死を生ずることはまずありえないところ、本件では、後脛骨動脈の血栓によりたちどころに趾の壊死が生じており、これは原告の特異な肉体条件(動脈走行の破格)など不幸な偶然が重なった結果であるから、まったく不可抗力であったというほかない。

なお、原告は、被告金井が医師の資格を有しない斉藤にギプス包帯をさせたことに過失があると主張するが、斉藤は、苫小牧市立病院において長年にわたりギプスや金属等の固定装具の作成とその適合、それを利用してのトレーニングの実施、パイロン作成その他の仕事を医師の指示の下に行ってきた熟練者であり、ギプス包帯を巻く場合に圧迫障害を起こさないよう配慮することを十分心得ている者である。被告金井は、斉藤の技術能力を信頼して自己の指示のもとに本件ギプス包帯を実施させたものであり、何ら違法はない。

6  同7の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ、請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

二1  原告の右足アキレス腱切断と手術に至る経緯

前記一の事実に、《証拠省略》によると以下の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

原告は、昭和五〇年三月一六日午後二時ころ、バスケットボールの試合中に右足アキレス腱を切断したが、当日は日曜日であったことから、翌一七日茂野整骨院に行ったところ、苫小牧市立病院に行くよう指示され、同月一八日苫小牧市立病院で受診し入院した。一方、原告の担当医となった被告金井は、原告に対する一般検査の実施と腫れの減少を待って手術することにし、同月二〇日午後手術適応と判断して原告の右足アキレス腱縫合手術(執刀開始一三時三四分、終了同五八分)をした。

2  原告の右足アキレス腱縫合手術後の症状及び治療経過

請求原因3の事実は、(二)の「六時、患部は、ギプス包帯による圧迫痛が強い。」、「九時、腫脹も著しくなった。」との点、(三)の「九時、ギプス包帯の圧迫により、被告金井が電話でギプス包帯の除去を指示した。」との点を除き、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に《証拠省略》を総合すると以下の事実を認めることができる(なお、以下において、(+)、()、()等の記号は、いずれも看護日誌及び診療録の記載によるが、(+)は弱、()は中、()は強を示すものである。)。

(一)  昭和五〇年三月二〇日

原告のアキレス腱縫合手術終了後の一四時一〇分ころに、理学療法士斉藤によって原告の右足にギプス包帯がなされたが、被告金井は、アキレス腱縫合手術において原告の手術創付近(手術部自体も含む。以下同じ。)が消毒液に過敏な反応を示したことから、痒みが発生することを考慮し、一四時三五分ころ手術創付近のギプス包帯を横約五センチメートル、縦約一〇センチメートルほど切開し、外部から手術創付近を観察することができるようにした。また、被告金井は、手術創付近が発赤(+)し軽度の腫脹があったことから皮膚炎を起こしていると推測し、看護婦に対し、シエリゾロン(消炎剤である副腎皮質ホルモン)、レスタミン(かゆみ止めである抗ヒスタミン剤)を、定期処方としてカネンドマイシン(化膿止めである抗生物質)を、疼痛があらわれた場合にはC―ノブロン(安定剤と鎮痛剤の合剤)などをそれぞれ原告に投与するよう指示していた。

(二)  同月二一日

原告は、二時ころ、看護婦に対し、疼痛が強く眠れない旨訴えたことから、C―ノブロンを投与されたが、六時になっても疼痛が持続している旨述べ、さらに一〇時ころも看護婦に対し創部痛を訴えたが、同じころ回診に来た被告金井に対しては特に異常を訴えなかった。被告金井は、前日から原告の訴えていた疼痛を術後痛と考え、また、回診時に原告の趾足皮膚全体に少し腫脹があったが、原告の右足を観察し、趾の運動が正常であることを確認したので特段の処置を施さなかった。

一五時ころには原告の創部周辺の腫脹が消失したうえ、原告は、一六時ころ看護婦に創部痛が緩和されてきた旨述べたが、熱感(+)、寒気(+)、顔面紅潮(+)が生じ、一六時四〇分ころ全身熱感を訴えたことから、看護婦は、原告にダンケルン(鎮痛下熱剤)を投与し水まくらをし経過を観察することにした。その後原告は、看護婦に対し、気分が良くなったものの患部にしびれ感がある旨訴え、さらに二三時二〇分には熱感及び患部痛を訴えた。これに対し、看護婦は、二三時二〇分に原告の体温が三八度七分あることを確認したが、患部痛に対しては特段の処置を施さなかった。

(三)  同月二二日

看護婦は、三時ころ、原告から頭痛、全身倦怠、軽度の創部痛の訴えを受けたうえ体温が依然として三八度二分あったことから、ダンケルンを投与し冷湿布を施したところ、六時ころには熱が下降し頭痛、倦怠感もなくなったが、原告は、そのころ第一、第五趾のつけ根と足背部がギプス包帯の圧迫により強く痛む旨訴えた。さらに、原告は、九時ころにも看護婦に手術部位の下のあたりの痛みが強い旨訴えたところ、比較的強い腫脹()があらわれていた。このころ理学療法士蛭間がギプス包帯の状況をみたが異常を認めなかった。被告金井は、一〇時の回診時において、原告が発熱し患部痛を訴えているとの看護日誌を見たうえ、依然として手術部に腫脹があることを認めたが、趾の状況に特に異常がないことを確認したので患部の化膿を疑い原告にポンタール(鎮痛消炎剤)を投与し、さらに経過を観察することにしたが、その後も原告は、疼痛に変化がない旨訴え続けた。看護婦は、一三時三〇分こは、原告からしびれ感が強い旨の訴えを受け、腫脹が強いと認められたことから、観察のため被告金井の指示を受けて、ギプス包帯を趾根から足背にかけて半月状に部分カットしたが、原告のしびれ感、疼痛に変りはなく、一六時三〇分ころ、原告にポンタールを投与した。原告は、一九時一五分ころ、看護婦に対し、しびれ感、疼痛が我慢できない旨訴えたところ、看護婦は、C―ノブロンを投与した。しかし、原告は、二二時、二四時と看護婦に疼痛がある旨訴え続けた。

(四)  同月二三日(日曜日)

原告は、看護婦に対し、零時一五分ころ及び零時五五分ころの二回にわたり疼痛があり右足のしびれ感が強い旨訴え続けたが、看護婦は、原告の右足を観察したところ特に異常が認められず足の指も運動障害がなかったことから安定剤を投与したのみで様子を見ることとし、三時の回診時には原告が眠っていたことから、起こさずにそのまま寝かせておいた。ところが、看護婦は、六時の回診時に原告からしびれ感が強く疼痛がある旨の訴えを受け、原告の右足の指に運動障害(+)があらわれ、腫脹(+)、チアノーゼ(皮膚の変色)(+)が出ていたのを認め、看護婦長を呼び出して協議し、八時ころには第二趾根部に水泡(+)が発生しているのを確認し、ギプス包帯を一部カットし、さらに九時ころ、原告の足背趾根部にチアノーゼ(+)が発生し依然として腫脹(+)、しびれ感、運動障害があったので日曜日のため自宅にいた被告金井を電話で呼び出した。被告金井は、直ちに原告の右足のギプス包帯を除去して観察したところ、踵から中足骨付近にかけての足底部に出血斑(+)があり、踵の一部にも水泡が発生していることを認め、さらに原告の後脛骨動脈の拍動がないのに対し、足背動脈、膝窩動脈の拍動があることを確認し、これまでの原告の右足の症状とあわせて、後脛骨動脈に血栓が発生していると考え、ヘスパンダー(動脈の粘稠度を下げて末梢血流を改善するための液体)、ウロキナーゼ(血栓を融解するための酵素)、セファメジン(抗生物質)、ヘパリン(血液の凝固阻害剤)などを点滴で原告に注入し、カリクレイン・デポー(末梢循環剤)、ソリコセリール(潰瘍化を治す組織の賦活剤)、サークレチン(循環ホルモン剤)を投与し、さらに一〇時四〇分ころ、ホットパック(温湿布)を原告の足背部に貼用したが、このときには原告の右足に冷感()、しびれ感(+)があり、足底部から足背にかけて水泡()ができており、第一趾のみ軽く動くのみで第二ないし第四趾は動かない状態にあった。午後になると足背部の水泡が破れて浸出液が流れ出し、これをガーゼ交換によって処置したものの、原告の右足に知覚障害(+)があらわれ、しびれ感、冷感()がより強度になった。原告は、一九時ころから二本目の点滴を受け、特に疼痛を訴えることもなくなり、二一時三〇分ころ右点滴を終了したが、そのころには第二趾に拍動感があらわれた。なお、二〇時ころも足底部に水泡、腫脹(+)があり、足背の一部にチアノーゼが認められている。また、後脛骨動脈の拍動は消失していたものの、足背動脈の拍動は続いていた。

(五)  同月二四日

六時ころ、原告は、特に疼痛を訴えることはなく、足背動脈の拍動も異常はなかったが、原告の足底部の水泡()はより広がり、冷感(+)もあり、腫脹(+)、変色()、チアノーゼ(+)も認められ、第一趾は動くが、第二ないし第四趾は全く動かなかったものの感覚は軽度認められた。被告金井は、この日も一〇時から点滴を実施し、水泡部を切除したが、特に原告の容態に変化はなかった。

(六)  同月二五日

被告金井は、九時ころ原告に点滴を実施し、ソルコセリールなども投与したところ、原告の足背動脈の拍動はあったが、依然として後脛骨動脈の拍動がなく、第二趾に動きがみられるようになったものの第三ないし第五趾の組織は壊死傾向となり、踵に疼痛があらわれ、一六時ころには第五趾が黒色様を呈するに至った。なお、第一及び第二趾については、一七時三〇分も動きが確認されている。

(七)  同月二六日

被告金井は、一〇時三〇分に回診しているが、この日も原告の第一及び第二趾に動きが認められたものの、依然として第三ないし第五趾の動きはなく、時の経過とともに趾の状態は悪化していった。

(八)  同月二七日

原告の趾の動きが消失し、全体的に右足が浮腫状態になり病状が悪化してきた。そこで、被告金井は、一七時ころ原告の家族と話し合い、二八日に右下腿を切断することを決めた。

(九)  同月二八日

被告金井は、一三時五七分に原告の右下腿切断手術を開始し、原告の右膝下一八センチメートル(膝蓋腱下一五センチメートル)の部分で原告の右下肢を切断した。

《証拠判断省略》

三  次に本件壊死発生原因について判断する。

1  前認定のとおり、昭和五〇年三月二三日のギプス包帯切除時において足背動脈の拍動に異常はなかったものの、後脛骨動脈の拍動がなかったものであり、《証拠省略》を総合すると、足の部分には多様に動脈が存し、一つの動脈が閉塞されたとしてもその末梢に壊死を生ずることは稀であるが、本件においては、原告の右足の後脛骨動脈の血流の障害、停止が発生し、それを原因として本件壊死を生じたものと推認でき、これを左右するに足りる証拠はない。

2  そこで、右後脛骨動脈の血流の障害、停止の原因について検討する。

(一)  《証拠省略》によれば、ギプス包帯が硬化した後において右部位に腫脹が発生、増強すると全周が圧迫されて循環障害が起こることがあり、また末梢に全く血が流れない程度にきつくギプス包帯を巻いて放置すれば循環障害により末梢部分に壊死を起こす可能性があること、このように、循環障害は、ギプス固定に伴う最も重要な合併症であり、特に上肢の場合はホルクマン拘縮として知られており、その発生を示す症状としては、疼痛、皮膚の蒼白、腫脹、しびれ感などの知覚鈍麻、末梢の指の運動の減退、消失、末梢の脈の拍動消失、冷感などが挙げられること、ギプス装着後の看護の観察点としても、下肢ギプスの場合は、右の循環障害(腫脹、趾の蒼白、チアノーゼ)の有無、神経の圧迫症状(腓骨小頭で腓骨神経を圧迫することがよくある。母趾の自動背屈運動の可否、しびれ感、知覚障害)の有無、患肢の疼痛の有無が指摘されていることが認められる。そして、前記二2で認定したところによれば、原告は、三月二二日午前六時ころからギプス包帯の圧迫による第一、第五趾のつけ根と足背部に痛みがある旨訴え、その後も疼痛が続いたが、同月二三日午前九時ころにギプス包帯を除去された後は特に疼痛を訴えていないこと、原告は、同月二二日午後一時三〇分ころからしびれ感が強い旨訴えており、看護婦も、同日午前九時ころから患部周辺の腫脹の発生を認めているのであり、同月二三日六時ころから原告の訴えた疼痛、その後のしびれ感は、前記循環障害による諸症状の一部と共通する徴候であり、これらは、腫脹した部位が硬化したギプス包帯に圧迫されたことも一因となっていたとの可能性を否定し難い。

しかしながら、看護日誌及び診療録には、同月二三日午前九時ころのギプス包帯除去直後の原告の右足首の腫脹に関する記載がなく、同日午後八時に至りギプス包帯除去後初めて腫脹(+)の記載が右看護日誌にみられるにすぎないことからすると右ギプス包帯除去当時の原告の右足首の腫脹が著しい状況にあったものとは認め難いうえ、《証拠省略》を総合すると、下肢のギプス包帯の圧迫により動脈に血流障害が起こり、これによって末梢に壊死が発生するのは極めて稀有のことであり、特に足背動脈が足関節の中央皮膚の間下を走行しているのに対し、本件において血流障害を起こした後脛骨動脈は、内踝の後内方にあってアキレス腱の深葉の筒の中を走行しているものであり、ギプス包帯の硬化と腫脹によって後脛骨動脈の拍動を停止させるような圧迫が加えられるということは医学常識上考えられないこと、被告金井は、原告が右足アキレス腱を切断した四日後の患部の腫れがかなりひいた時期にアキレス腱縫合手術を行ったこと、斉藤はギプス包帯を施すに際しては、一般に行われているようにまず綿を巻き、その上に包帯を巻き、その上にギプス包帯を巻くようにしていたことなどが認められ、これを左右するに足りる証拠はない(なお、《証拠省略》によると、同月二〇日のギプス固定後から翌二一日においてもギプス包帯による特段の圧迫痛を感じておらず、本件ギプス包帯が当初から緊縛しすぎたものでないことは明らかであり他に本件ギプス包帯の施行自体に欠陥があったことを疑わしめる証拠はない。)。そして前記二2でみたとおり、原告の右足アキレス腱縫合手術の患部付近は、ギプス包帯施行直後から開窓され看護婦が直接観察できるようになっており、右開窓部から確認した腫脹は著しいものでなく(看護日誌に記載されている腫脹については、その部位の明示を欠くものが多いが、少なくとも原告の疼痛の訴えや腫脹を理由として一部カットしたのは趾根から足背にかけてのギプス包帯であり、患部周辺の腫脹に対応するものではないし、また開窓されているのであるから当該部分に限ればギプス包帯による圧迫は生じない。)、原告の後脛骨動脈の拍動は、同月二三日午前九時ころに消失していたが、足背動脈の拍動に異常はなく、同月二五日に至るまで消失しておらず、被告金井が原告のギプス包帯を除去した後も後脛骨動脈があらわれることなく、病状は全体として悪化し続けたものである。

以上の事実を総合すると、原告の右足にはギプス包帯の硬化と患部の腫脹による圧迫を原因とする循環障害の症状と共通する一部の徴候があらわれていたことは認められるものの、原告の主張するようなギプス包帯による圧迫を原因として循環障害が生じ、その結果として原告の右足末梢に壊死が発生したとの事実を推認することは困難であるといわざるをえない(なお、静脈に血行障害が起こり血流が遮断されることによって壊死が発生したとの事実は、これを認めるに足る証拠がない。)。

(二)  《証拠省略》によれば、被告金井は、本件壊死の発生原因について、外傷等により血管に攣縮が起こり、後脛骨動脈の踵の部分にある踵骨動脈網付近に血栓が発生し、これによって後脛骨動脈の拍動が消失したものであるところ、これに血小板が次々と付着し、ついに第二次血栓が足背動脈と後脛骨動脈を結ぶ動脈である貫通枝に生じ、さらに血栓が足背動脈にまで広がり、末梢の組織である第三ないし第五趾に壊死が発生したと考えたこと、本件鑑定人であり医師である高橋延勝は、後脛骨動脈に血が流れなくなったことが本件壊死の発生原因であるとしたうえ、アキレス腱縫合手術をしたときにその周辺に血栓症が発生することは症例としては稀であるとしながらも、右血流の障害が血栓症によるものである可能性を肯定し、右被告金井の考えに対し特に異議を述べていないこと、血栓が急速に主幹動脈を閉塞すると、著しい末梢血行障害を起こし、組織の壊死を伴いやすいこと、前記二2で認定したように、同月二三日午前九時ころまでには、血栓症の症状である動脈の拍動の消失、疼痛、しびれ感、運動障害、末梢の皮膚の色の変化などがあらわれており、その後一時原告が疼痛、しびれ感を訴えなくなり第二趾に拍動感があらわれるようになっているのは、被告金井が実施した血栓症を想定した治療が功を奏した可能性もあることを認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、他に本件後脛骨動脈の血流障害の発生を示唆する的確な証拠のない本件においては、本件壊死は、被告らが主張するように後脛骨動脈の踵骨動脈網に血栓が発生したことが基因となっていると推認するほかなく、その後これに血小板が付着して貫通枝に第二次血栓が発生し足背動脈にまで血栓が広がり第三ないし第五趾に壊死が発生した可能性が濃厚である。

3  そこで、進んで後脛骨動脈の踵骨動脈網に血栓が発生したとした場合、その血栓の発生と本件ギプス包帯による圧迫との関連についてみるに、《証拠省略》によれば、動脈血栓症の発生原因として血管壁の変化、血流の緩徐化、血液凝固性の亢進等を考えることができること、本件においては、ギプス包帯の圧迫による血流の緩徐化が一つの可能性として考えられなくもないが、後脛骨動脈の走行位置からしてもギプス包帯後の腫脹による圧迫により血栓を生ずる程の強い血行障害(血流の緩徐化)が生ずるとは考え難いこと、その他に原告の血液そのものの疾病、血管壁の欠陥、さらには、アキレス腱断裂などの外傷や手術等による血管の攣縮など多様な原因が考えられるが、担当医であった被告金井においてもこの原因を究明できないでいることを認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。そして、他に本件血栓症の発生原因を特定するに足りる証拠はない。結局、本件血栓症の発生原因は不明であるというほかなく、これを本件ギプス包帯の圧迫によるものと認めることはできない。

四  以上のように、本件ギプス包帯の圧迫と本件壊死の発生に因果関係を認めることはできず、したがって、被告らの責任に関する原告の主張はいずれも理由がないといわざるをえない。

なお、前記二2記載のとおり、原告は、三月二二日午前六時ころから看護婦に対し疼痛を訴え続けており腫脹もあらわれていたものであるところ、鑑定の結果及び証人高橋延勝の証言によれば、同証人は、医師としては、同日午後一時三〇分ころの原告の状態を見たならば、疼痛の原因を調べるためギプス包帯を除去すべきであり、また、同月二三日午前零時五五分から午前八時まで原告の右足をチェックしていれば、右下腿切断という結果を免れていたかもしれないと考えていることが認められるので、被告金井及び看護婦の血栓の早期発見、処置について言及するに、《証拠省略》によれば、原告の訴えていた疼痛がいつの時点から血栓の発生による疼痛になったのか明らかでなく、被告金井が同月二三日午前零時過ぎころから血栓が始まったと想像する旨述べているのみであり本件においては血栓の発生時期を確定的に判断することができないこと、前記二2記載のとおり、看護婦は、同日午前三時ころ、原告が入眠中であったことからそのまま眠らせておいたものであるが、高橋延勝は、患者が眠っている時は起こさないよう強いて患部をいじらないことも一つの適切な措置であることを肯定していることが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、本件において被告金井又は看護婦が同月二二日のうちに原告のギプス包帯を除去して原告の右足を十分観察したならば血栓の発生を診断できたと認めることはできず、また、前記二2記載のとおり、看護婦は、同月二三日午前零時五五分から午前六時まで原告の右足の診察を行っていないが、右午前零時五五分には運動障害もなく、他に特段の他覚的所見もなかったものであり、原告が入眠中であったことからそのまま眠らせておいたものであって、その処置に落度があったとまで断ずることはできない。

五  以上によれば、原告の請求は、その余の事実について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宗宮英俊 裁判官 髙麗邦彦 萩原秀紀)

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